一畳ちょっとの二人部屋

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創作や趣味のゲームの話

【クトゥルフ神話TRPG】悪霊の家から考える良い初心者向けシナリオの条件

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 長らく基本ルールブックに収録され、初心者向けシナリオと言われれば必ず名前が挙がる『悪霊の家』。もしかするとなじみがありすぎて何がすごいのかよく分からないという方もいるかもしれませんが、実は初心者向けに必要な要素がよく作りこまれており、非常に完成度の高いシナリオなのです。
 初心者向けシナリオを選ぶとき、どんな要素に気をつけるとよいのか?『悪霊の家』を例にとって考察します。
 6版と7版ではシナリオの大筋はほぼ変わりませんので、基本的には6版ルールブック掲載分を参考にしつつ、必要があれば7版変更箇所にも触れる形で進めていきます。
 
※以下は初心者PL向けシナリオを探しているKP向けの記事です。シナリオ内容のネタバレがありますので、これからPLとして遊ぶ方は続きを読まないでください

 

 
初心者向けシナリオとして良いポイントその1──

探索の筋道が明示されている

 初心者向けシナリオとして必要な要素をひとつだけ挙げろと言われたらこれを選ぶ、というくらい重要な要素です。
 CoCにおいて、初心者がどのような点で初心者なのかというと、「探索の経験がない(あるいは少ない)」の一点につきます。よって、初心者が主に困るポイントは「経験がない(少ない)ためにどう動けばいいのか分からない、次に何をすればいいのか分からない、行動の選択肢が思いつかない」ということになります。
 これをカバーするには
  • NPCで誘導する
  • 経験者PLを入れ、進行を補助してもらう
  • イデアロールで誘導する
  • KPからぶっちゃけて誘導する*1
  • なにをすべきか筋道がはっきり分かりやすいシナリオを使う
 といった方法がありますが、やはり一番スマートなのは最後の
  • なにをすべきか筋道がはっきり分かりやすいシナリオを使う
 です。補助されている感を出さず自力で探索している!という実感をもって楽しんでもらうことができます。
 NPCや補助PCはあまり頼ってもらえないことがありますし、はっきりした筋道が見えづらいシナリオは一度アイデアロールで本筋に戻してもまた道を外れてしまいがちです。これらの点からも最初から筋道のしっかりしたシナリオを選ぶのが最も手堅いと言えるでしょう。
 
 筋道がはっきりしたシナリオというのは、「次に何をするか」および「最終的に何がどうなればよいのか」がはっきり分かるシナリオのことです。何をするかがあらかじめはっきり決まっていると聞くと行動の自由度が低く息苦しいように思えるかもしれませんが、実は自由度が高いと(とくに初心者さんは)それはそれで負担になります。「何をするか」ではなく、「どうやってするのか」という細部に考える自由があれば大丈夫です。
 
 悪霊の家においては、まず家主から「屋敷を調べて問題を解決してほしい」「屋敷で起きた謎めいた出来事の真相を明らかにし、問題を解決したい」という依頼を受けるため、「とりあえず最後には家に行けばどうにかなるんだな」という筋道がはっきりしています。
 周辺事情の調査についてはまずどこに行けばいいのか思いつかない……と思うかもしれませんが、実はこういうところ行って調べてみようってルルブに懇切丁寧に書いてあるんですよね。p.32(6版)とかに。
 というわけでそのへんちゃんと読んで実際の事件調査に生かしてみようという初心者プレイヤー用のチュートリアルであると同時に、もし(相手がルルブ持ってないとかで)思いつかなかった場合にはPLに方向性を示せるよう対話したりアイデアで進行を補助しようと教えるKP向けのセッション進行指南でもあるわけです。
 
 さて、筋道がはっきりしているといえば一本道シナリオ!と思うかもしれませんが……

一本道シナリオは初心者向けか?

 これは完全に個人的な感覚なのですが、一本道シナリオは必ずしも初心者PL向けとはいえず、どちらかというと初心者KP向けの文脈で語られるべきシナリオです。
 むろん一本道なので筋道が見えやすくPL初心者向けのものも多いのですが、一本道だからといって必ずしも筋道が見えやすくなっているとは限らないのです
 PLとして遊ぶと一本道感がない(色々選択肢があるように思える)シナリオもありますし、KPから見えている構造としては一本道でも道筋が分かりづらくて初心者には向いてないものがあります。いきなり見知らぬ空間に放り出すだけ放り出してその後どうするかという指示のない異世界クローズド系などに多いです。
 
 極端な話、何もない真っ白な一本道マップにいきなり放り出されても前に行けばいいのか後ろに進めばいいのか、そもそも動いても良いのかどうか、という点に迷うパターンがあるわけです。
 「とりあえずで全部探索」してくれるのは「調べないと進まねぇな」とメタ的にシナリオの空気を読んでくれるプレイヤーの場合だけであって、真面目にキャラクターの動きをシミュレートしてくれる人ほど本当に動けなかったりします。
 ただ「敵に追いつかれないように前に進んで脱出路を探せ」などと書いてあれば指針ができるので動けるようになります。これが次に何をするかがはっきり分かるシナリオの作りということです。
 「次に何をするか」および「最終的に何がどうなればよいのか」がはっきり分かるシナリオとは、言葉で「次はどこに行け」と言われる、あるいはその他の情報から「何をしろ」というのがはっきり分かる*2かどうかで判定するとよいでしょう。
 あるいはそういった分かりやすい指示がシナリオに組み込まれていなくとも、自由に動かせるNPCの口を借りて「こうしろ」と誘導できるなどKPが手を入れやすいものを選んでもよいです(あまり作為的に見せないよう上手く誘導できる自信がある場合)。
 

白い部屋系の余談

 起きたら異界に放り込まれている系のシナリオは、PCたちが異常に警戒して全ての扉の前でとくに必要のない目星聞き耳をしてついでにいらんファンブルしてKPが処理に困る、というようなグダりが発生しているのをよく見ます。
 KPが切ってさくさく進めればよいのですが、それはともかくPCとしてはある意味当然の反応です。何があるかも一切分からない、見知らぬ異空間に放り出されて警戒するのはごく自然な反応といえます。経験者は「まあこんな序盤でそんな危ないギミックは出てこないだろう」とある程度わりきれますが、それはゲームのお約束(やそのお約束が破られた場合のリカバリー方法)をある程度分かっているがゆえの行動。
 
 これが普通の街中舞台であればそういった危険性は現実世界に準じて判断できますから、資料を調べに街中の図書館に行くときはさくさく進み、怪しい家に突入する時にのみ警戒、と必要のない警戒が発生せずグダりにくいのです*3
 
 白い部屋でなくとも、起きたら異世界系のシナリオはその点に何か対策があるとよいと思います。元のシナリオになければKP側で足しておくのも一つの手です。友好NPCが危険な場所を教えてくれるとか(ただ信用してもらえるとは限らないのでやはり現実世界舞台のほうが楽だとは思う)。初心者が悩んでいたらさりげなく引っ張って進めてくれるサポート経験者を頼むのもあり。
 
 
話は戻って初心者向けシナリオとして良いポイントその2──

調査全般の設計

 屋敷の真相について調べるかどうかは結局のところ探索者の任意となりますが、調べることにした場合は多少のリスク(黙想チャペルでの負傷や正気度喪失など)を伴います。
 また7版ではマカリオ夫妻を調べたほうがよい理由ができましたが、それも「調べていれば最後が多少楽になるかも」程度の手がかりなので必須ではありません。
 このあたりの「最終局面にたどり着くために必要最低限の情報は与えられており、より深い真相についても調べようと思えば調べられるが必須ではない。そして真相に近づくにあたってはリスクを伴う(初心者向けだけあってリスクという点ではかなり軽微ですが)」という設計のバランスがオーソドックスでよいシナリオになっています。
 
 むろん探索者としては調べられるだけ調べるに越したことはありませんが、全部調べるのが必須になっているようなシナリオに比べると事故になりにくいのが良い点のひとつ。
 また探索者次第で調べる調べないを柔軟に選ぶことができるので、実際調べないということはあまりないにしても、行動を縛られている感が少なくなります。屋敷に入ったら終わりのクローズドではないのでちょっと覗いて撤退して作戦を練るというようなことができるのも◎。
 
 総じて、事故の起きにくいシンプルな構造(と分かりやすい筋道)がありつつも融通のきく設計に良さがあるといえるでしょう。
 
その3──

基本的な調査~解決のパターンが網羅されている

 文献調査、対人調査、ダンジョンハック、戦闘といった一連の流れとルールを通して体験することができます。この様々なアクションが組み込まれたバランスのよさは色々なタイプの探索者に見せ場を作ることにつながりますし、単純にクトゥルフ神話TRPGというゲームを俯瞰してもらうための構成として優れているのは言うまでもないでしょう。
 ちなみに同じルールブック掲載シナリオであるところの『屋根裏部屋の怪物』の場合は戦闘できない敵の退散、大学(専門家)への依頼などが組み込まれています。こちらも基本的なパターンに触れてもらうという点では◎。
 
 文献調査は新聞社、公文書館、図書館というメジャーどころが網羅されており、聞き込みにおいては警察や事件自体の関係者といった必須の情報ソースがきちんとおさえられています。
 そして教会及び家というダンジョンハック要素を持った探索パートがあります。教会はダンジョンというほどではないと思われるかもしれませんが、踏み込むと抜けてダメージを受ける床があったりと、悪霊の家という危険な場所に踏み込む前に「日常的に人の出入りのない、未知の場所に踏み込む際は慎重に進むべき」ということを教えてくれる軽いジャブとして働くのです。この前段階を踏んでからの(まあ踏まない可能性もありますが一応推奨ルートとして)家本番という流れも入門編として丁寧な点。
 そして最後に(場合によってはないこともありますが)戦闘もあり。コービットは地下で動かず待ち構えていてくれるのでPCは戦闘前の準備、PLもあらためて戦闘ルールを確認して戦略を練るなどセッションの総決算として挑むことができます。
 
 
その4──

解決法がオープンクエスチョンで発散的

 コービットを倒すにあたり、探索者たちはさまざまな方法を考え出すことでしょう。己の拳で正面突破することもあれば、舞台となる地下室に罠などを仕掛けるかもしれませんし、ルールブックの前のほうにあるようにコンクリートで地下室を埋めるという提案をしてくるかもしれません(最後のものが有効な手段となるかはKPに委ねられるでしょうが)。
 
 探索者は地下の怪物にどのように対処するか、自由にアイデアを出して試してみることができます。これは特にTRPGの醍醐味である「自分の自由な発想がストーリーに反映される」楽しみを味わうことにつながります*4
 これが例えば特定の武器を使わなければ倒せないというふうになると、その武器を入手しコービットのところまで持っていって使う、という作業の正確さやその道中のダイスを試すだけのゲームという側面が強くなってしまいます。
 
 もちろんあまりに自由度が高いと初心者には難しいため全体としては意図してシンプルに、考える余地の少なめなシナリオとなっていますが、最後にきちんと使えるアイデアの幅の広いシーンも持ってくることでただのダイスを振る作業ではない部分の楽しみも味わってもらえるようになっているわけです。この「TRPGならではの楽しみを、初心者の負担にならない程度に味わってもらえる」バランス感覚が初心者向けとして優れているのです。
 
 

まとめ

 初心者向けシナリオに必要なのはまず何よりも探索の筋道が分かりやすいこと。そしてシンプルで縛りの少ない、柔軟な設計になっていること。
 悪霊の家はそれに加えてCoCにおける冒険の基本型を丁寧に学べる作りになっており、何よりTRPGという遊び自体の楽しみを味わえるように作られていること。
 これらの要素が揃っているからこそ悪霊の家は長年にわたり第一の入門シナリオとして愛され続けているのではないかと思います。
 
 ちなみにYSDCの初心者向けおすすめシナリオのスレッドで挙げられていた理由として『アレンジのしやすさ』というのもかなり多かったのですが、これは初心者に遊んでもらいやすい理由ではなくKP側向けのおすすめ理由なので割愛(でも重要だよね)。
 
 自分でシナリオを選ぶぶんにはとりあえず『探索の筋道が分かりやすい』点を満たしていればあとはお好みかなと思いますが、こんな風に定番シナリオをあらためて研究した上で選んでみるのもおすすめです。
 

 

 

*1:実際のところ、KPが慣れていれば別にぶっちゃけなくとも誘導することはできるんですが、この記事ではKPのレベルを非上級者として一律に想定した上でシナリオ側の要素だけを変数として初心者に向いている/向いていないを論じます。もしKPが上手ければ……というのはシナリオにまつわるどんな良し悪しの議論もひっくり返せるワイルドカードなので考慮しません。

*2:ある家の地図と鍵が揃っていて明らかにそこに行け!という感じになっているとか。実はこれでも動けない人はいますがそういう場合の対処はまた後日記事にします

*3:まあ実は悪霊の家でも「全部の扉の前でとりあえず聞き耳」は発生するんですが、完全異世界ほどの異様な警戒感はないのでそこまで気にならない印象です。全体の割合からしてもあまり長くはなりませんし

*4:たしかR&Rのシナリオコンテストで『プテラノドン』が受賞した際の講評でもさまざまな解決策が考えられるところが評価点のひとつに挙げられていたように思います