一畳ちょっとの二人部屋

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創作や趣味のゲームの話

禁酒法でも酒が飲みたい!1920年代のカクテル【13種】

B!
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1920年代のカクテルを飲もう

 狂騒の20年代といえば禁酒法*1で有名だが、モグリの酒場は繁盛していたし各種パーティーやイベントの席上でも普通に酒が供されていた。この時代にバーで酒を頼むならば何を頼めばよいのか?そもそもこの飲み物は当時存在したのか?という疑問を解消するため当時の有名なカクテルを調べてみた。
 
 あくまでふんわり調べたものなので「なるほどこういう名前のカクテルがあってこういう見た目でバーテンダーがシェークして出してくれるんだな」程度の情報が分かるようになっている。備考は調べるにあたって出てきた+アルファのメモのようなものなので読まなくても大丈夫。
 
 お酒詳しくないので本当に個人のメモ書き程度。あと情報の裏取りもネットで大雑把にやっただけなので正確な情報が必要な場合は信用しないこと。
 もっと知りたければ各カクテルの日本語表記でググって出てきたサイトの参考文献を読むか詳しい人に聞いてください。レシピもかなりの異同があるのでとりあえずの一例ということで。
 

 

 

 

 

The Clover Club(クローバー・クラブ)

 禁酒法以前から飲まれていたジンベースカクテル。シェークして作るタイプ。赤寄りのピンク色。口当たり滑らか、甘くて飲みやすい。アルコール度数(レシピによるが)中。
 クラブ・カクテル(正式なディナーの際、オードブルやスープの代わりに出されるカクテル)。
 

レシピ

ロンドンドライジン50ml
卵白1個分
モンジュース15ml
 
備考
 レモンジュースはライムジュースとなっているレシピあり。
 ラズベリーシロップは日本語サイトだとグレナデンシロップ(ザクロ果汁、砂糖などからなるシロップ)となっているレシピが優勢。
 グレナデンシロップは国によって微妙に定義が違うっぽい(参考:https://belcy.jp/68259)。
 
 

The Bee’s Knees(ビーズ・ニーズ)

 1920年代の有名なスラング(Bee's knees=excellent, the highest quality, etc.)と同名のカクテル*2
 
 ジンベース。シェークして作るタイプ。透明~淡い黄色。すっきりしたレモン味と蜂蜜の風味。アルコール度数強。
 ショートカクテル(さっと飲み切るタイプのカクテル)。
 

レシピ

ジン50ml
蜂蜜2tsp
フレッシュレモンジュース20ml
フレッシュオレンジジュース20ml
 
備考
 オレンジジュースはないレシピが多い。
 ガーニッシュとしてレモンツイストがつく場合も。
  1948年のレシピ*3だとジン:レモンジュース:蜂蜜が1:1:1(各25ml)のとかあった。どうもレシピの著者の言によると20年代にはこの1:1:1レシピも多かったらしい。蜂蜜いっぱい。(上記のレシピに近いのはおそらく34年のブースビーの本のレシピなのでこれはこれでほぼ当時のレシピっぽい)
 ジンにボンベイ・サファイアを使ってみようというレシピがあって心惹かれたんだけど時代考証を気にするならボンベイ・サファイアは1980年代以降じゃないと使えないのだった。GMならこの世界には1920年代でもボンベイ・サファイアが存在します!って言い張ればいいけどな。
 
 成立やレシピの変遷についてなど詳しい記事

https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/diary/201611230000/

があったのだが、この記事で言及されているBebboo Cocktailというのがググっても引っかからない(ちょっとスペルいじってもだめ)のでどうしたものか。
 レシピの初出についての記述を確認するために"World Drinks and How To Mix Them"*4を見てたら面白かったので蛇足ながら共有。Japanese Cocktailとか載ってた。
1908年版
 先述のクローバー・クラブ・カクテルも載ってますね。
 
 上記酒とピアノとエトセトラさんの記事だと『 欧米のカクテルブックで「ビーズ・ニーズ」が初めて紹介されたのは、ともに1934年に出版された「The Artistry of Mixing Drinks:Ritz Bar, Paris」(フランク・マイヤー著)と、「World Drinks and How To Mix Them」(ウイリアム・ブースビー著)』となっていたがこちらの記事https://www.bibulo.us/resources_the_worlds_drinks_and_how_to_mix_them_book_1907/ を見ると1929年に出た“ Cocktails de Paris”(RIP著)の目次に既に載っている模様*5。おそらく米国内に限ると1934年初出になるのかな。
 
 甘いし蜂蜜は当時(砂糖よりは)珍しい材料だったしでこのカクテルを見るとちょっと……という顔をする人もいたようだ。でも調べた1920年代カクテルの記事には基本的にどれ見ても載ってたので、現代からするといかにも「それらしい」カクテルという認識なのかも。
 
 

White Lady(ホワイト・レディ)

 パリ、ニューヨーク・バーにて1919年考案説とロンドン、サヴォイ・ホテルにて1920年代考案説とがある。
 元々は多量のコアントローとクレーム・ド・メンテ(ペパーミントリキュール)で作られていたためそこまで好まれなかったようだが、考案者がパリに移ってのちにレシピが変更され広く愛飲されるようになった(クレーム・ド・メンテが抜かれ、ジンと卵白がレシピに加えられた)。
 このレシピ変更の年については10年後の1929年と書いてあるサイトと1925年と書いてあるサイトとがある。10年後説の方は考案者(マッケルホーンのほう)の自著にそう書いてあるらしいが未確認。
 
 シェークして作る。半透明で白っぽい。卵白が入っている場合は全体が泡で真っ白になる。中甘辛口。さっぱりとした柑橘系の酸味と甘味。アルコール度数強。
 ショートカクテル。
 

レシピ

ジン50ml
モンジュース15ml
卵白1/2(お好みで)
 
備考
 コアントローはホワイトキュラソーでもよい。ドライジンの多いレシピだとかなり辛口になる。
 1930年代の有名なお笑いコンビ、ローレル&ハーディ(日本でいうところの極楽コンビ)に好まれたとか。
 
 成立にまつわる諸説とそれぞれの経緯についてはこちらのサイト(https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/diary/201509060000/)がまとまっている。上記レシピ元のサイト(https://royalliverbuildingvenue.co.uk/our-favourite-roaring-20s-style-cocktails/)に書いてある経緯はまた別の説っぽいけどどこ出典なんだろうな(未調査)。
 とりあえずHarry’s ABC Of Mixing Cocktails*6には1/6ブランデー、1/6クレーム・ド・メンテ、2/3コアントローでレシピが載ってるのは確認した。
 ちょっと色んな説が錯綜してるので確認できたやつを並記するだけでいっぱいいっぱいです。シナリオで使う時は好きな説採用して出そう。
 
 

Gin Rickey(ジン・リッキー)

 1880年代の考案。初期はジンよりバーボンが好まれていた。1920年代になってバスタブ・ジン*7の普及によりジンを使うようになったと信じられている。スコット・フィッツジェラルドがこのジンのリッキーを好み、グレート・ギャッツビーの重要なシーンにも登場した。
 
 ジンの香味とライムの爽やかな酸味。ビルドで作る。マドラーでライムをつぶして好みの味に調節しながら飲む。アルコール度数中。
 ロングカクテル(長時間かけてゆっくり飲むドリンク)。
 

レシピ

ジン45ml
フレッシュライムジュース15ml
ライム、ソーダ適量(ソーダはグラスを満たすまで入れる)
 
備考
 クラッシュアイス2カップ。ライムウェッジで飾る。
 透明なカクテル。ジュースは入れない、というか切ったライムを沈めてジュースという扱いにしているレシピが多い。その場合ライムウェッジはない(レシピに関してはまとめて参照できるところのものを使っているので主流のレシピを選んで載せるってことはしてないですごめん)。
 スピリッツにライムの果肉とソーダで作るのがリッキースタイル、ということはやっぱりジュースは入れないほうが本来のレシピなんだろうな。
 
 命名については2つの説があるようだが片方の説についてこの記事(https://www.suntory.co.jp/wnb/essay/82.html)が詳しい。
 グレート・ギャッツビーの登場シーンからの引用
『 心惜しそうに後ろをちらりと振り返りながらも、しつけのいい子供らしく、乳母に手を引かれて部屋を退出した。それとちょうど入れ違いに、トムがジン・リッキーのグラスを四つ持って戻ってきた。グラスの中には氷がたっぷり入って、からからという気持ちの良い音を立てていた。』*8
 多分言及されてる『重要なシーン』はこのシーンじゃないと思うけど(おそらくはトムがデイジーのために作ってるシーン?)。
 
 
 

French75(フレンチ75)

 第一次世界大戦で使われた銃の名前。75は銃の口径75㎜の意。映画『カサブランカ』の「君の瞳に乾杯」で乾杯されてるカクテルがこれ。いい感じにNPCを口説くダイスロールに成功したら「君の瞳に乾杯」が決まったことにしよう。
 
 名の付いたレシピの成立については諸説あるようだが1915年説、20~22年頃説、第一次世界大戦中説(ということは1914-1918頃か)。初期のレシピはカルヴァドスベースだった模様。
 
ステアもしくはシェークで作る。中甘辛口。シャンパン入りなので炭酸。透明。アルコール度数中。
 

レシピ

モンジュース15ml
砂糖1tsp
ジンもしくはコニャック30ml
シャンパン適量
 
備考
 ガーニッシュ(付け合わせの飾り)としてレモンツイスト。
 ベースのドライジンをバーボンに替えたフレンチ95、ブランデーに替えたフレンチ125というカクテルもある。
 
 結構いろんなサイトで紹介されてる印象だったけどアメリカで有名になったのは1930年のサヴォイ・カクテル・ブック以降とか書いてあるところがあって20年代の存在感はどうだったんだろうという感じ。
 シンガポール・スリング同様この名前がつく前から元のレシピは民間に流布しており、1860年代にはディケンズがジンとシャンパン飲料の飲み物で客をもてなしたとかいう話も伝わっているとのこと。シャンパン飲料はシャンパーニュ製法で作られたシャンパン、砂糖、かんきつ類と氷が含まれているとのことで銃の発明される丸20年前には存在した。
 名前付きレシピの考案者については日本語記事だと基本的にパリ、ニューヨーク・バーもしくはアンリ・バーのハリー・マケルホーンに帰されているがhttps://lettersandliquor.com/27-THE-FRENCH-75-1920sだと「定説ではマッケルホーンが考えたことになってるけど本人はロンドンのバックス・クラブで働いていたMacgarryという紳士が考えたって言ってるよ」と書いてある。マッケルホーンの初期のレシピ(ジン、カルヴァドスグレナデンシロップ、アブサン)についてはhttps://www.collectif1806.com/collectif-library/Collectif1806-1950s_HARRY_S_ABC_OF_MIXING_COCKTAILS_FR.pdfは初版のようで載ってないので22年版を探して要確認(そのうち時間があったら)。
 
 
 

Sidecar(サイドカー

 現代でも有名なやつ。いわゆる飲みやすく酔いやすいというあれ。
 
 シェークで作る。琥珀色。中甘口。ブランデーの深い風味と甘酸っぱいさっぱりした飲み心地。レシピによるがアルコール度数中~高(どちらかというと高寄り)。
 ショートカクテル。
 

レシピ

ブランデー60ml
フレッシュレモンジュース15ml
 
備考
 ガーニッシュとしてオレンジツイストをつける場合がある。
 ブランデーがコニャック、コアントローがホワイト・キュラソー、トリプルセックのレシピあり。もしくはこれらを混ぜてみたり。これのジンベース版がホワイト・レディ。2:1:1のレシピが基本だそうなのでこのレシピはブランデーきつめでドライになるのかもしれない。
 
 これも成立に関しては諸説紛々といったさまで*9、成立年代に関して第一次世界大戦中から31年まで幅がある。が、こっち(https://lettersandliquor.com/25-THE-SIDECAR-1920s)の記事によると、名前の成立はともかく、レシピ自体は1850年代のニューオーリンズでまでさかのぼれる模様。オレンジ・リキュールとレモンジュースという組み合わせは基本的なものなので広く認知される名前とそれに付随するストーリーができあがるまでは色んな名前で次々現れてたんじゃないかとのこと。
 とにかく欧州ではこの名前で1910年代のうちに現れていた可能性が高そうです。
 
 

The South Side Fizz(サウスサイドフィズ)

 アル・カポネに好まれたというカクテル。「サウスサイド」とは彼らの暗躍したシカゴのサウスサイドを指しているとか。
 
 シェークで作る。透明。フィズなので炭酸。甘め。アルコール度数中。
ショートカクテル。
 

レシピ

ライムジュース15ml
モンジュース15ml
粉砂糖1tsp
ソーダ適量
 
備考
 材料をシェークしてタンブラーに注いでソーダで満たす。ミントリーフを添える。1917年のRecipes for Mixed Drinks*10だと「ジンフィズと同じように作ってミントを加える」とあるので当時はほぼジンフィズだった模様。
 最近のレシピだとライムジュースはないものが多い。粉砂糖ではなくシロップのものもある。
 
  シカゴ北部のギャングたちが輸入していたジンは、カポネたちのものより味がまろやかでジンジャーエールで割って飲まれていたそうな。対するカポネたちは質も悪く味のきついジンを取り扱っており、どうにかごまかして飲ませるためにこのようなレシピになったとか。
 
 

The Mary Pickford(メアリー・ピックフォード

 1920年代の映画スター、メアリー・ピックフォードのためにキューバで作られ彼女の名がついたカクテル。作られたのは20年代初頭だが紙媒体の初出は1928年のBasil Woonの著書,
” When It’s Cocktail Time in Cuba by Basil Woon ”*11とのこと*12。Harry Craddockが1930年版のサヴォイ・カクテル・ブックでマラスキーノを加えた改良版のレシピを掲載。*13*14
 
 シェークで作る。ソフトな口当たりで華やかな甘さ。色も華やかなオレンジよりのピンク。アルコール度数はレシピにより中~高。10度後半程度のものから30度越えまでかなり幅広かった。いずれにせよ飲み口のわりに強いという意見は一致している。
 ショートカクテル。
 

レシピ

パイナップルジュース20ml
 
 
備考
 初出の文献のレシピが見つかったので引っ張ってきたがこれだとそこまで強くないかも。
 ガーニッシュとしてマラスキーノ・チェリーをつけるレシピも。
 
 成立の時期についてはざっと見た限りでは1920年代「初頭」*15と記載されたページしかなかった。キューバに行った時の話だそうなので伝記でも読めば分かるかもしれない。課題。
 「アメリカの恋人」ことメアリー・ピックフォードという名前に馴染みのない人もいるかもしれないが、彼女はサイレント映画の伝説的スター。D.W.グリフィス、ダグラス・フェアバンクス、そしてチャールズ・チャップリンらと共同で会社を設立したと聞けばいかに大物だったかが分かるのではないだろうか。アカデミー賞にも輝いている。『痴人の愛』でも触れられていたりする。
 1920年代はサイレント映画からトーキー映画への転換期で、これを主題にしたのが名作『雨に唄えば』だ。一度観ておくと参考になるかもしれない。
 

Boulevardier(ブールバーディエ)

 意味は『伊達男』。ネグローニというカクテルのウイスキーベースのバリエーション。1927年、パリのニューヨークバー生まれ。
 ビルドもしくはステアで作る。オンザロック。濃い赤。オールドファッショングラス*16
 

レシピ

ライウイスキー30ml
スイート・ベルモット30ml
 
備考
 ブールヴァルディエ、ブルバーディアなど表記ゆれ多し。
 ライウイスキーはバーボンでもよい。
 ライウイスキーの場合はレモン、バーボンの場合はオレンジのツイストを添える。できた当初はガーニッシュとしてチェリーが使われていたとのこと。
 パリのシャンゼリゼ通りみたいな大通りを肩で風を切って歩く洒落者のイメージだそうでカッコよさがすごい。ネグローニはイタリアンな雰囲気だけどこっちはフレンチ。
 
 

Hanky Panky(ハンキー・パンキー

 これもネグローニのバリエーション。1925年、ロンドン、サヴォイ・ホテルのアメリカン・バー生まれ。
 
 ステア、シェイク両方のレシピがある。ドライテイスト。 オレンジ寄りの暗い赤色。食前とかカクテルタイムに。アルコール度数強。
 

レシピ

ジン45ml
スイート・ベルモット45ml
フェルネット・ブランカ2ダッシュ
 
備考
 ガーニッシュとしてオレンジツイスト。
 
 

Grasshopper(グラスホッパー

 甘くてクリーミーなデザートカクテル。コクがありなめらか。
 元はプース・カフェ・スタイルといってフロートで作る(=比重の違う材料を重い順に注ぎ、色の違う層を作る)ものだったため、一番上がクリームの白、中央にグリーン・クレーム・ド・メンテのクリアな緑、一番下がホワイト・クレーム・ド・カカオの透明色。現代では全てシェークして作られるので白っぽい薄緑色。
 夏の夜の食後に飲むのに最適だとか。アルコール度数低。
 

レシピ

ホワイト・クレーム・ド・カカオ30ml
グリーン・クレーム・ド・メンテ30ml
生クリーム30ml
 
備考
 日本語のサイトだとホワイト・クレーム・ド・カカオはホワイト・カカオ・リキュール、グリーン・クレーム・ド・メンテはグリーン・ペパーミント・リキュールと表記されているものが多い(この記事ではsupercallの元記事の表記に合わせた)。
 プース・カフェ・スタイルで作られる場合はロングドリンクだがシェークの場合はショートドリンクになる。また、元は容量の少ないリキュール・グラスなどに作っていたが現代の作り方ではもう少し大きめのカクテルグラスで出される。
 
 通説では1919年にTujague’sというニューオーリンズにあるお店のオーナーがこのレシピをNYのコンペに持って行って発表、と書かれているサイトが多かったが、そのTujague’sのサイトがありまして、そっちには1918年のコンペで発表と記載&2018年に百周年イベントをやってました。お店は「ニューオーリンズ」の地名が付く前から当地に存在し現在にまで至るとか。すごい。
 
 

Scofflaw(スコッフロー)

 1924年、パリのニューヨークバーで生まれた。
 
 シェークして作るタイプ。オレンジ色。フルーティーでまろやかな口当たり。アルコール度数中。よく知られた二つのドリンク、ダイキリとマンハッタンの合いの子のようなレシピ。
 

レシピ

(元がoz表記のレシピでも基本的にml単位に直してありますが、これはmlだと数字が中途半端になるのでozのままです。1oz=約30mlと考えてください)
 
ドライベルモット1oz
ライムジュース3/4oz
グレナデンシロップ1/4oz
オレンジビター1ダッシュ
 
備考
 オレンジツイストで飾る。
 レシピ元サイトによると「米国で禁酒法時代を生き延びた酒飲みたちを賞して*17名前がつけられた」そうだが、それならできた当時はなんと呼ばれてたのであろうか。
 と調べてみたところ、日本語のサイトで由来を書いてるものがなさそう*18だったので英語で見つけたサイト(https://lettersandliquor.com/28-THE-SCOFFLAW-1924)から引用して紹介。
“とあるボストンの銀行家が法律に違反する酒飲みへの蔑称を造り出すためのコンテストを主催した際、パリのバーテンダーがその(コンテストの)評判を利用し、またそれ(コンテスト)を記念してカクテルを作った。”(カッコ内は筆者による補足)
 リンク先に詳しい経緯が載ってますがこんなん笑うやん。禁酒法を破って酒を飲む人々がどうしても許せなかったデルセヴィア・キング氏という銀行家がおり、法破りに恥を知れ!と喝を入れるために蔑称を考えるコンテストをやったのだそうだ。賞金は$200分の金塊(当時の価値ということでいいのだろうか)。実に2万5千件という大量のエントリーがあり、逆にこれ(スコッフロー)に対抗する語を考えるコンテストが開催されるなど相当世間を騒がせた模様。でその評判というか悪評というかがパリにまで届き、Harry’s New York barのバーテンダーがこの名を冠したカクテルを作ったという経緯。
 カクテルの成立にまつわる逸話はぴりっと洒落の利いた感じのやつも多いけどなんというかこれはゴリゴリに面白いですね。好き。
 
 カクテルではなくScofflawの言葉自体について、おなじみボストン・グローブにも詳しく扱った記事があったので興味のある方は是非どうぞ。
 ボストン・グローブは当時この事件を追っかけていたそうで、そのアーカイブから一連の経緯をまとめてくれている。当時の禁酒法にまつわる攻防の一端が垣間見えて興味深い。前に悪霊の家当時の紙面を見るためにお試しで登録したことがあったけど課金して当時の記事をじっくり読みたくなりますね(というか関連記事の一部は記事中のリンクから見られる。かなり読み辛いけど)。
 法破りにつける名前のコンテストのために辞書を盗んで法を破る人が出るくだりとか傑作すぎる。
 わりと色んな記事で、投稿された新語の一例として“boozshevic”が挙げられててすごく好きなんだけども(記事書いた人たちも多分ウケたんだろうな)多分これに引っ掛かって採用されなかったんだろうなというのもこの記事で分かる(キング氏が『いかなる種類の法律違反にも使える用語であること』を選考基準の一つに挙げている*19)。
おまけ:NYタイムズに掲載されたキング氏の訃報
 
 

Manhattan(マンハッタン)

 映画『お熱いのがお好き』でマリリン・モンローが作ってるやつ。この映画、舞台は禁酒法時代なんですよ。マティーニがカクテルの王様ならこちらはカクテルの女王。
 
 それまでにない全く新しいカテゴリーを作り出したエポックメイキングなカクテルだった。マンハッタンの革新的な点は二つあり、ひとつはリカーとベルモットによってつくられる洗練されたフレーバー。もうひとつはそれまでにないほど簡単に、素早く作れることだった。驚異的な速度で広まり、1880年代後半にはアメリカ全土で知られるようになっていた。
 カクテルとしては初期のものでクラシックであることは間違いないが、できた経緯は諸説紛々でこれとは決められない模様。少なくとも1920年代にはニューヨークの上流階級で広く受け入れられており、オーストリアの有名俳優やインドのマハラジャがこのレシピを国に持ち帰ったという話が伝わっているんだとか。
 
 ショートカクテル。澄んだ琥珀色。中甘辛。アルコール度数強。ステアして作る。
 

レシピ

ライウイスキー60ml
スイート・ベルモット30ml
 
備考
 ガーニッシュとしてマラスキーノ・チェリー。
 バリエーションが多く、シェークしてつくられる場合もある。マンハッタンの系譜を汲むカクテルは非常に多く、この記事で紹介したものだとブールバーディエやスコッフローなど。マティーニもそう。
 
 

全体的な時代の概観・備考

禁酒法というのは酒の 製造・輸送・販売が禁止されていただけ*20 で、施行期間前に入手していたものであれば普通に飲めた。26年ごろから取り締まりが厳しくなって云々とかは他にいくらでも詳しい記事があるので譲る
禁酒法期間中に発明されたカクテルがロンドンやらパリやら発となっているのは禁酒法によってアメリカのバーテンダーがヨーロッパへ流出したことも大きい。キューバとかにも行ってる。
 
・色々なジュースを混ぜてるカクテルが多いが、これは密造酒の味の粗悪さを隠すため。でもその工夫のおかげでかえって色々なカクテルがこの時代に出来上がり、カクテル時代の黎明期などと呼ばれたりするのだとか。特にビーズ・ニーズの記事ではこのことがよく言及されていた。他にも、現代でも有名なカクテルだとスクリュードライバーロングアイランドアイスティーなんかもそういった経緯でできたくくりにはいる。
 

禁酒法の背景

 20世紀にはいると、禁酒運動は急速に活発になった。背景には当時増え続けた移民によって大陸から日常的に飲酒する下層民が増えたことに対してアメリカのキリスト教道徳を守ろうという保守派の動き、アメリカの第一次世界大戦参戦を機に物資節約・生産性向上の声が強くなったことなどがあげられる。
 また、アメリカの参戦により、ドイツ嫌いの風潮が強まり、ビール醸造業を潰してドイツ系市民に打撃をあたえようという声が、ビール醸造に使われる穀物を節約して前線の兵士に送ろうという主張の裏側にあったことも指摘されている。
 世界史のサイトから引用させてもらった。このように、禁酒法の背景として保守派の活動の高まりがあったという話はものすごくよく聞く*21第一次世界大戦については触れないので置いておいてください)。が、ここで触れられていないもうちょっと掘り下げた背景の話をしたい。そもそもなぜこの時に保守派の活動が高まったのか、なぜ特にこの時になって社会的に飲酒が問題視されたのかという部分が移民(と戦争)だけだとちょっと弱くないかと思ってたんですよね。20世紀頭ぐらいから東欧系の移民が増えるのは分かるんだけど、グラフ見てもいうてそんな国家法で禁止が通るほどの数か……?って感じで。
 その点について説明されている文章があったので簡単に紹介*22
 結論から言うと、この(少し前の)時代になってやっと過度な飲酒が問題になるくらいの酒が飲めるようになったから反発が起こったのだ、ということだ。
 もう少し詳しく説明しよう。そもそも18世紀初頭あたりだと、アメリカで一般的に飲まれていた酒と言えばアルコール含有量2%程度の弱いビールやサイダー*23しかなかった。
 それが18世紀後半に戦争に勝ってやっと「アメリカ」として独立し、開拓も進んで*24穀物の生産量が大幅に増える。で、これによってラム酒ウイスキーなど穀物を使った強い酒が広く飲めるようになった。元々入植当初からアメリカ人は酒をよく飲んでいて一日中飲んでる状態だったらしい*25が、その飲酒習慣は変わらないのに酒だけが強くなったのだ。これによってアルコールの害が増えた。
 1830年頃にはもう15歳以上のアメリカ人男性は1年に平均88本*26ウイスキーを飲んでおり、アルコール依存症が社会問題としてどんどん深刻になっていった。州法レベルであれば1850年代あたりから禁酒法が通っていたりする。
 つまり、そもそも酒を飲もうと思っても(気安く手に入る値段帯の酒が)存在しなかった→開拓が進んで強い酒が作られ出回るようになった→飲めるようになったおかげでアルコール依存症も増えた→それに反発する活動が高まった、という流れなのだ。飲んで暴れるほど強い酒がなければそれを取り締まろうとする人もいない、ある意味当然のことだ。
 で、その反発運動が行きつくところまで行きついたのがボルステッド法の施行された1920年というわけ。
 移民のせいで酒飲みの害が増えた、というだけの話でもなかったのだ。
 

CoCで酒の飲み比べ対抗をする際の処理について

 クトゥルフ神話TRPGにおいて酒を飲んで酔うか否か/飲み比べでどちらが強いかを判定する際の処理について。

 基本的にCONを用いることが多いのではないかと思う。単に酔っ払ったかどうかであればアルコールの強さに応じて難易度調節を加えたCONロールでよいだろう。あるいは睡眠薬のような弱い毒と仮定してPOTを設定し、負けても耐久力を失わないかわりに眠ってしまったり吐いたりといったバッドステータスを得るPOT対抗ロールとしてもよいだろう。

 飲み比べの場合、7版であればCONの値をそのまま用いて対抗ロールをすればよいし、なんなら6版にそのまま7版ルールをもってきても構わない(CONは5倍したものを用いる)。CONの連続ロールで連続成功できる回数を競うような形もありうるだろう。

 
 
載せようとして力尽きたものリスト(ホワイト・レディとスコッフロー周りがヘビーすぎた)
Corpse Reviver No.2(コープスリバイバー)
The Mary Pickford(19/8/22更新にて追記)
The Last Word
 Manhattan(マンハッタン)(21/03/06更新にて追記)
Mint Julep
↑ここまでは調べてあるので確実に後日加筆します。あとは気分次第かも
Tuxedo #2
Ward8
Royal Hawaiian
Brandy Alexander
Mimosa
 
 

もっと自分でググりたい人向け

1920's、Roaring Twenties、Prohibitionといった時代を表す用語とcocktail, drinkなどを組み合わせて検索。あと英語の1920年代についての記事はGreat Gatsby's 〇〇みたいなタイトルのつけ方してるのがすごく多いのでこれも組み合わせてみるといいかも。
 
 
とくにカクテルの成立の経緯についてネットでは出てこない書籍ソースとか詳しい方いらっしゃいましたら情報提供受け付けて〼
 
 
 

参照URL

ここまで最終閲覧日2019/8/15
ここまで最終閲覧日2019/8/20
ここまで最終閲覧日2019/8/21

https://lettersandliquor.com/11-THE-MANHATTAN-1880s (レシピ引用元)

ここまで最終閲覧日2021/03/06

*1:1920-1933

*2:School of Rockで主人公がBee's Knee's!!って叫んでるシーンあった気がするんだけど現代で使うとどういう語感になるんだろう

*3:The Fine Art of Mixing Drink, by David Embury

*4:William "Cocktail Bill" Boothby著、1908年、その後34年に改訂版の出たカクテルレシピ本。Bee's kneesが掲載されたのはこの版。禁酒法の施行中はカクテルのレシピ本など出せないので施行期間中にできたカクテルは初出が遅いとのこと

*5:pdf:http://www.euvs.org/en/collection/book/cocktails-de-paris BEES' KNEESの表記で35ページに掲載

*6:https://www.collectif1806.com/collectif-library/Collectif1806-1950s_HARRY_S_ABC_OF_MIXING_COCKTAILS_FR.pdf

*7:文字通りバスタブで作る密造ジン

*8:村上春樹訳、引用元https://blog.goo.ne.jp/h-shiohama/e/affca0e820e62015131f7af3d5a8a3f3 すみません孫引きです

*9:https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/diary/201012270000/

*10:https://euvs-vintage-cocktail-books.cld.bz/1917-Recipes-for-Mixed-Drinks-by-Hugo-R-Ensslin-second-edition/42/

*11:https://www.collectif1806.com/collectif-library/Collectif1806-1928-When_it_s_Cocktail_Time_in_Cuba-US.pdf

*12:頑張って読んだら幸運にも最初の方に記載があった。p.40参照。。同ページにプレジデンテ、39にダイキリのレシピもある

*13:https://euvs-vintage-cocktail-books.cld.bz/1930-The-Savoy-Cocktail-Book/102/ p.102、レシピはバカルディ1/2、パイナップルジュース1/2、グレナデンシロップ1tsp、マラスキーノ6ドロップということでバカルディも多少増えている

*14:https://www.thecubanhistory.com/2017/04/famous-drinks-mary-pickford-cuban-cocktail-story-videos-bebidas-famosas-el-cocktail-cubano-mary-pickford-historia-videos/

*15:early 1920's

*16:横から見ると四角形でどっしりした形のやつ、ウイスキー入れて中で氷がカラーンって鳴ってるイメージのあれ

*17:“tip of the hat to the surreptitious stateside drinkers who survived Prohibition”

*18:『スコッフロー』で検索、2019/8/20現在

*19:booze=酒

*20:カナダからの輸送は中々取り締まらなかったらしいが……

*21:とりあえず「禁酒法 なぜ」でググって出てきたのを3ページ目まで全部読んだがこの方向性の説明しかなかった。2019/08/22現在

*22:http://www.pbs.org/food/the-history-kitchen/great-gatsby-prohibition-fitzgerald/

*23:現代のビールが4%くらい

*24:独立当時アメリカ人が住んでたのは東部13州だけである

*25:もちろん社会階層によるので全員じゃない

*26:つまりは1日1本以上