一畳ちょっとの二人部屋

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創作や趣味のゲームの話

【小説】スティーヴン・キングのクトゥルフ神話的世界を探検する【映画】

B!
LINE

……わたしが鉄てこでやっつけたように、やつらはラヴクラフトの小説に出てくる不死の生命を有する怪物などではけっしてなく、……
……凶運の都、古代の悪、発音もわからないような名前をもつモンスターたちといったラヴクラフト的な世界へさまよいこんだという彼の印象も、……
……だがこれが物語だとしても、ラヴクラフトブラッドベリやポーが書いた古典的な恐怖小説ではない。……
 
 このラヴクラフト大好きな小説家は一体誰だ?と思われた方もいるだろう。タイトルにもある通り彼の名はスティーヴン・キング、現代アメリカを代表するエンターテイメント作家の一人だ。
 
 『スタンド・バイ・ミー』や『ショーシャンクの空に』といった名作映画の原作者として知る人も多いと思うが、なんといっても彼の十八番はホラー。しかも、その多くにクトゥルフ神話要素が取り入れられている(あるいは、ラヴクラフトの影響が色濃い作品スタイルになっている)のである。
 「読み方によってはクトゥルフっぽい」とかではなく、上記引用のように非常に意識的な言及がある*1。また言及こそないものの明らかにラヴクラフト・スタイルを踏襲した作品も複数見られ、影響の大きさが伺える。
 
 クトゥルフ神話TRPGサプリメントマレウス・モンストロルム』には彼自身の作品から収録された神話生物もいる(これについては作品紹介で後述)ほどで、彼自身CoCというゲームの世界観にも影響力のある存在であることは間違いない。
 
 今回はそんなキングの著作から、読みやすく、神話的雰囲気を楽しめるいくつかの短編・中編を紹介する。
 ルールブックでおすすめされたラヴクラフト作品をある程度読んでみたが、他の作家の作品はないだろうか?あるいは、ラヴクラフトはちょっとお堅いかんじがして途中で手が止まってしまう。そんなあなたに特におすすめしたい。

 

 まずは短いものからいこう。

短篇

『N』

悪意に満ちた神々!
 とある神経症患者の記録から始まる、密やかにして奇妙な「世界を守る闘い」の物語。
 患者のテープの書き起こし、精神科医の手記、その他登場人物の手紙などから徐々に明らかになるこの世の綻びと、それに巻き込まれていく人々の狂気がつづられる。
 
 規模から言えば一度にメインをはる登場人物はせいぜい一人で、舞台もほんのささやかな空き地や病院の一部屋なのだが、その「世界の片隅」に茫漠とした宇宙的恐怖を描き出してみせる手腕は見事の一言
 
 CoCのシナリオを書く人にとっても登場人物の手記や手紙、正気を失いつつある人間の描写など、参考になる記述が盛り沢山の一作だ。

 
 

『トウモロコシ畑の子供たち』

「畝の後ろを歩く人、か」と、バートはイグニッションを切りながら呟いた。「たぶん、ネブラスカだけで使われている九千通りもある神の名前の一つだな。
 この『畝の後ろを~』という名前に見覚えのある方もいるだろう。マレウス・モンストロルムにも収録された*2、とある神格の化身である*3
 
 とある夫婦が旅の途上に訪れた、合衆国で『いちばん素敵な小さな町』、ガトリン──その町と、町を取り囲むトウモロコシ畑には邪悪な秘密があった。
 
 トウモロコシというのどかなモチーフを題材に神話的ホラーを描き出すことで、ある種のセンスオブワンダーすら与えてくれる珠玉の作品。
 主人公のちょっとした調査によって町の異様さがあらわになっていく様子や恐怖の源に追われる終盤の緊張感は、シナリオとしてもそのまま使えそうなほどの完成度がある。
 
 この『ナイトシフト〈2〉トウモロコシ畑の子供たち』には他にもちょっとしたクトゥルフ神話要素を覗かせる作品が収録されており、イチオシの短篇集といえる。

 

 ↑一応映画もあるが、円盤は高騰しているようなのでレンタルなどで探すほうが無難そう。
 

中篇

『霧』

「疑うものは最後まで疑うがいい! …(中略)… 霧のなかの怪物! 悪夢から出てきたいまわしいもの! 目のない異形のもの! 蒼ざめた恐ろしいもの! 嘘だと思うの? だったら外へ行ってごらん! 出て行って、挨拶でもしてくるがいい!」

 「後味の悪い映画」としてちょっとした知名度を誇る『ミスト(2007)』の原作中篇。映画版とは若干展開に違いがあるため、既に観たことのある人も新たな気持ちで読んでみてほしい(ただ本当に誤差程度やんけ!!と思う人もそれなりにいると思う。その場合は何卒ご容赦)。
 
 ある日突然霧に覆われてしまった町で、幼い息子を抱えてスーパーにたてこもった主人公は襲いくる恐怖に立ち向かう。
 モンスターパニック要素の強い本作だが、敵の正体を徹底的に底知れない「何か」として描くことで、決まった呼び名のない未知の恐怖、まさしくクトゥルフ神話的な恐怖の方向性を打ち出すことに成功している。
 ちなみに作中で引き合いに出される『物体X(※映画『遊星からの物体X』に出てくるモンスター)』も実はマレウス・モンストロルムに掲載済。映画の冒頭では主人公の背後に映画ポスターが貼ってある。

 
 映画のモンスター造形も非常に秀逸で、紋切り型でない「モンスター」の怖さを楽しみたい向きには合わせて是非ともおすすめしたい(個人的にギレルモ・デル・トロ作品のモンスターが好きなのだが、同じ趣味の方にはとくに◎のはず)。実写化としても比較的原作に忠実・かつ原作を知らなくとも面白く観られる成功作品の部類だと思う。
 映画は各種動画配信サービスにて視聴可能。

 ↑現在(2021/6/21)はAmazon Prime Videoの見放題にラインナップ中。見放題から外れても定期的に戻ってくるのでウォッチリストに入れておけばそのうち観られるはず。
Netflixにもありました。
 
 

 
 以上に紹介した作品はどれも非常にオススメのためどれか一作読むなら……というのが難しいのだが、しいて言うなら『トウモロコシ畑の子供たち』をお勧めする。電子書籍で買えるものから選ぶのであれば『ミスト』(『N』も面白いのだが、かなりの短篇のため読み応えを考えるとこちらに軍配が上がる)。
 
 
 キングの小説は図書館に置いてあることも多く、手軽にアクセスしやすいクトゥルフ神話(的)小説作家の一人だ。今回は紹介できなかった長篇小説も含め、気になるものがあれば一度読んでみてはいかがだろうか。
 キングの長篇は基本的に長いのとスロースターター(かわりに話が走り出すと読む手が止まらない)のため誰にでもいきなりおすすめとはいかないのだが、クトゥルフ要素を求めて挑戦するのであれば冒頭にも引用した『IT』をどうぞ(ITは映画版の旧作も有名だが、ITの正体や最終決戦など肝心のところが削られている)。

 おなじみ森瀬先生。

 
 

*1:実のところ、このようにラヴクラフトに言及する場合は大抵「ラヴクラフト的『ではない』」というような言い方でラヴクラフト的恐怖からは離れようとしているかのようにも思えるのだが、作品全体を通して読むとはっきりとした影響が見えてくることが多い

*2:マレウス・モンストロルムに引用されているケヴィン・A・ロスの『Dark Harvest』とは、2002年にPagan Publishingから出版されたシナリオ集『Out of the Vault』収録のシナリオ。

*3:作中で直接その神格について言及されているわけではない